心でつながり、想いを紡ぐ――ツムログ愛知で働く社員たちのリアルストーリー

心でつながり、想いを紡ぐ――ツムログ愛知で働く社員たちのリアルストーリー

太田 啓介 氏

太田 啓介 氏

株式会社東海デジタルトランスフォーメーションソリューションズ

代表取締役社長

おおた・けいすけ/愛知県名古屋市昭和区・瑞穂区エリアで育ち、高校中退後に喫茶店、鉄筋屋、設備工事など11職種を経験。1995年27歳で独立し、有限会社ケイズプランテックを設立。2000年株式会社ケイズエコロジーテクニカルに組織変更。清掃、産業廃棄物処理、リサイクル、リユース事業を展開する。

中村さん(34歳)は豊田市の自動車部品メーカーに10年勤めている。入社以来、ずっと同じ工場、同じライン、同じ上司の下で働いてきた。「3回、本当に辞めようと思いました」と彼は言う。「でも3回とも、踏み出せなかった」

中村さんに転職を考えた瞬間を話してもらった。それはどこかで聞いたような話ではなく、やけにリアルな、俺もあったかもしれない、という感覚の話だった。

 

1回目:入社3年目、同期が辞めていく夏

最初に転職を意識したのは、入社3年目の夏だった。仲のよかった同期が「もっと成長できる環境に行く」と言って辞めた。あの言葉が刺さった。

 

太田 啓介 氏

あいつが「成長できる環境」って言った時、俺はここで成長できてないのかなって思って。
で、その夜Indeedを開いたんですよ。でも何を検索すればいいかわからなかった。
「製造業 転職」とか打っても、全然ピンとこなくて。

 

結局、そのまま閉じた。「何を求めているのかがわかってなかった」と中村さんは振り返る。転職したい気持ちはあった。でも転職して何を得たいのか、何が嫌なのか、自分でも整理できていなかった。

 

豊田市内の工場。毎朝5時に起きて、同じ道を走る。10年、それが続いている。

 

2回目:給料が上がらなかった29歳の冬

2回目は29歳の冬。昇給査定の結果が出た日だった。前年と変わらない数字を見た瞬間、「ここにいる意味はなんだろう」と思った。

 

その週末、初めて転職エージェントに登録した。面談も受けた。担当者は「あなたのスキルなら○○万円は狙えます」と言った。気持ちが動いた。でも、提示された求人票を見た時、どこか違和感があった。

 

太田 啓介 氏

数字だけ見ると良さそうなんですよ。でも、そこにいる人たちの顔が全然浮かばなくて。入社したら、どんな人間と毎日仕事するんだろう、って考えたら、急に怖くなってきた。

 

エージェントは「もったいない」と言った。でも中村さんは断った。「もったいないのはわかってた。でも、知らない場所で一から関係を作り直すことの方が、俺には怖かった」

 

3回目:32歳、同じ会社にいることへの焦り

3回目は少し違う感情だった。転職したいというより、「このまま同じところにいていいのか」という焦りだった。32歳で同じ会社に10年弱いる自分を、世間がどう見ているか気になり始めていた。

 

友人の結婚式で久しぶりに会った大学の同期が、スタートアップで役員になっていた。「すごいな」と思った。その帰り道、また求人サイトを開いた。今度は少し具体的に調べた。でも結局、また閉じた。

 

太田 啓介 氏

「また同じじゃないか」って思ったんですよね。転職しても、同じ悩みを持つ自分がいるだけじゃないかって。それが嫌で踏み出せなかった。

 

それでも残った理由は、1つじゃなかった

話を聞いていて気づいたのは、中村さんが「残ることを選んだ」のではなく、「離れる理由が転職先への期待を上回らなかった」ということだ。弱さでも諦めでもない。ただ、慎重な計算だった。

今の仕事について聞くと、表情が少し変わった。

 

「3年前から後輩の指導を任されるようになって、それが意外と楽しかった」と言う。去年は工程改善の提案が通り、小さいながら表彰もされた。「ここにいる理由が、なんとなく増えてきた感じ」

転職した方がよかったかもしれない。でも、残ったからこそ出来た理由もある。どちらが正解かは、まだわからない。

 

ただ、中村さんは今日も同じ工場に来て、後輩に指示を出している。それだけが事実だ。

この記事を書いた人

高橋 翔太

高橋 翔太

豊田・刈谷エリアを中心に、製造業で働くひとのインタビューを続けています。転職した人の話より、残った人の話に、もっとリアルな真実があると思っています。

高橋 翔太

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